「引き取り手のいない遺体」は誰にとっても身近な話しという記事を読んだ。
生きていると死は確実に訪れるが
元気な時に死を意識して考えることはほぼない。
この記事では大女優の島田陽子さんが
遺体の引き取り手がいないまま荼毘されたという話しが冒頭にある。
ぶっちゃけ島田さんという人は知らんが
世間的に大女優という人でも
こうした最後になるのなら、引き取り手がいない
遺体はいっぱいあるはずだと
無縁遺骨を追うというテーマで取材をはじめたらしい。
島田さんという人はwikiを見ると結婚していたが
亡くなる3年前に離婚している。
離婚の理由はわからない。
しかし23年連れ添った元夫も遺体の引き取り手にならないとは
そうした愛情もなかったのかもしれない。
まだ島田さんはマネージャーが遺骨を引き取って
島田さんが持っていた母の遺骨と共に
父の眠る寺に埋葬する予定みたいな記事を見たけど
この記事では予定だから結果どうなったかは知らない。
でもまだマネージャーという関係者が
そこまではやってくれるのは女優ならではかなという感じはある。
正直言うとこれ他人事じゃないなぁ…と思った。
特に一般人ともなればマネージャーのように最後の世話をしてくれる人もいない。
将来は先祖のお墓に謝りに行く必要あるなと思った。
自分が死んだらもうお墓の面倒を見る人がいなくなるごめんなさいって。
俺もそうだが弟も結婚して孫が生まれる予定がない。
一族は俺の代で終わりかなという気もしなくもない。
よっぽどのことがない限り
自分自身が死んだ時よりも
自分以降はお墓の面倒見る人がいないから
先祖に申し訳がないなという気持ちの方が
今回の記事を読んで思うことだった。
果たして先祖は許してくれるのだろうか…
死んだ時に無縁って結構堪えるかもしれんな
生きている間は1人でも良いし
友人がいれば友人、ネット上でも交流があれば交流がある。
莫大な遺産があれば遺産を条件に
死後の面倒を見てくれるかもしれない。
ずっとは無理でも遺体の引取や遺骨を収めるところまでとか。
島田さんはお金にルーズでかなり借金があったらしい。
ある意味で女優という多くの人が関わる仕事であり
離婚したとはいえ結婚していたが
遺体を引き取るという人がいないのも
その人の生き様を表しているようにも思う。
独身のままだと将来寂しいぞとか
孤独死するぞみたいなのは
もう現代では通用しないなと。
結婚していても離婚して繋がりがなくなるし
仮に子供がいても生前の付き合いによっては
孤独死などもありえる。
というより今は親子3世代で暮らすことがないから
必然的に1人になった高齢者が1人で暮らしてるケースも増えてる。
何が良いのかはわからないが
少なくとも生きている時は独りでも後悔しないし
自分が死んだとしてもまぁ、そういう人生だと思うかもだが
先祖には申し訳ないな思うのであった。
お墓のこと、墓仕舞いのことを考えると
今代で最後にしてしまうのを感じてしまう。
ここから良縁で結ばれる可能性もなくはないが…
ひとまず先祖に謝罪する前に感謝を表すとしたら
今を精一杯楽しむことだなと思った。
先祖にすみませんと謝罪すると同時に
精一杯生きて楽しみましたありがとうございましたと
そうした感謝も伝えられる生き方をしようと思う。
やはり人生を楽しむのは大事だと考えたのであった。
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